| 丸の内ビルディングその美しき三月の影を踏むためにゆく |
| 空間がゆっくりずれてゆくような一日はあり春の始めは |
| 寛大な空を耕す老い人と呼びたくなって受話器を持った |
| ぼくたちのこの感情が怒りならば凪ぎゆくまでの春のあわゆき |
| フランスの童子の真似をするんだと襟に小さな木の枝を置く |
| ふらここと口にしてからしばらくをこの一行に関わっている |
| まだすこし冷たい風が過ぎてゆくひかりの中のきみの耳たぶ |
| とても冷えた酒を注がれてゆくときを春の野菜が口の中にある |
| 挿し木して父のことばを待っている四月の庭は広いと思う |
| 九州島北部に古き大学があり大いなる花を咲かせる |
| やわらかなあなたの影が立ち上がる素数のような春の日射しに |
| 君からの花信のようなやさしさ／さみしさで幼き彼にことばを選ぶ |
東京デザインセンター・矢萩喜從郎の椅子[WHY NOT?]展
椅子という色とりどりのやさしさに囲まれている花の下にて |
| パンジーを抱えて雨の教室に来たのだけれど窓が開いている |
| 踏切りに車椅子来て待ちいたり春の電車が過ぎてゆくのを |
| しろがねのリハビリテーション室の前春の人らは若やかに待つ |
| 突堤に見ていた雲を描（えが）いてゆく夕食ののち小さな部屋に |
| まっ青な空がぼくらの上にあってこの年も会う馬鈴薯の花 |
| 食物（おしもの）を朝な夕なに整える鋭き／静かな腕をわが前に置く |
| ブラインドに起重機の影が動いている誰に告げればいいのだろうか |
