• わが庭にやうやく蕾ふくらめりらふばいは少しためらふに似て
• 西の方とほく雲ゐる山々は水上にしてしづむ夕かげ
• 死に近き人の脈拍にふれてのち帰りゆく道白く凍れり
• 歩みきて去年の団栗拾ひたりわづか濡れたる土の上より
• 二階よりわが見る肉桂の若き葉にいまだに暑き夕光のさす
• 葉のかげの枇杷の実色づくころとなり鍼うつ妻の手のなれてゆく

　未刊歌集『昼の花火』に加え、自選歌集として5冊を収めた選集。『昼の花火』より引いた。あとがきに、「四十六歳から五十三歳の作品集」とある。50歳前後とは、こんなに穏やかなのだろうか。こんなに穏やかに、ものごとを受け取ることができるのだろうか。
　大河原さんは、20代前半に、「何といふ静かな日ぐれ乾きたる石原とほく残る光あり」「あやしく静かなるかな夕岸に枸杞のくれなゐの実を君がつむ」（ともに『夏山』）といった作品をつくっている。とても若々しい。しかし穏やかさは、まぎれもなく彼のものである。