• 妻を待つ午後の病室癒えたるは漂ふごとし春の光に
• 洋服をまとひ傷跡なきごとく歩みて朝の人群（ひとむれ）のなか
• 道の辺に跨ぐ吸殻いつよりか俯き行けりひとり日暮を
• 新聞に見る訃報欄歳の差を数ふる習ひ何時か身につく
• 朝採りと武骨なる手の置きゆきし葱の終日（ひすがら）厨ににほふ
• 山の影伸ぶる街並未だ暗くひとつ光りぬ屋根とガラスと

　川�ｱさんは、68歳のとき、「国民文学」の選者を辞退し、歌誌「富士」を創刊した。あとがきには、「恩師千代國一の作品研究を自由にしたいという思いからであったが、誰に相談することなく決断し、実行した」とある。清々しい意志のありようだと思う。作品も、そして清々しい。内容とことばと韻律とがそれぞれ適度な重さ／軽さを持ち、読者に真直ぐに届いてくる。521首の作品を収めるが、読者に不要な負担をかけることのない一冊である。